70年代のアメリカ経済 4
1970年代のほとんどの時期、ヒューストンは倒産および新規事業の両面でアメリカのトップに立っていました。
倒産についての悩みを倍加させてきたのは、失業率に対する大きな関心でした。
失業のデータには、家族構成の変動、人口統計、職場規律、体制外の経済機会、福祉水準、失業補償率、時代遅れの仕事に対する政府補助金などの文化的状況が大きく反映されるものです。
総雇用数、すなわち実際の仕事の数の方が経済状況をより正確に示してくれるものです。
・・・これを基準にみれば、1970年代末と1980年代初めは経済成長と創造性の波に乗った時期でした。
1981年、雇用水準は成人人口の58パーセントという歴史的な平時最高水準値近くに達しました。
1982年、全世界的景気後退という奈落にあって、新聞やエコノミストが異口同音にアメリカの不況を告げた時でも、雇用率は57パーセント近くを保っていました。
55パーセントに落ちた1960年代末も、恐らく42パーセントだったと思われる〈大恐慌〉中とくらべればはるかに高い数値でした。