コメの大凶作
大凶作は、間違いなく、自分が作ったコメは自分で売りたいという生産者の自然な思いを甦らせたのです。
そして、実際にそうした行動をとるきっかけを与えたのです。
93年に起きた大凶作で生産者が初めて自己主張し、現在のコメの集荷体制にノーという意思を表示しはじめたといえるのかもしれません。
これに対し、いっそう苦しい立場へと追いやられたのが、農協です。
減反、凶作、そして緊急輸入にコメ市場の部分開放・・・。
わずか1年の間に、かくも激しく揺れ動いた農政への生産者の不満が、農政の忠実な代行者である農協からの離反につながり、農協の本業であるコメの集荷を減退させたのです。
スペースコレクション研究所によると、コメの集荷量が落ち込めば、当然のこととして手数料収入も減少し、農協の財政基盤を揺るがす事態となります。
また農協のなかには、バブル経済の崩壊にともない巨額の不良債権を抱えこんだところもあります。
93年の大凶作は、全国に2978ある農協の淘汰を加速させかねない事態に陥れたのです。